最も衝撃を受けた蹴球本

黒いワールドカップ/デクラン・ヒル
 最近の欧州クラブの、それもビッククラブのユニフォームをよく見てみると、かつては胸スポンサーは自動車とか電機メーカーが主流だったのが、通信会社や携帯会社、そして最近は賭博会社をよく見かける。例えばレアルとか、少し前のミランもそうだったか。ここでいう賭博会社とは強引に解釈すれば民営化されたTOTOのようなものだけども、少なくともビッククラブのスポンサーになれるだけの資金を持ってるのは分かる。TOTOもそうだが、賭けにはそれだけ金が集まる訳だ。
 本作はこうした賭博の中でも違法賭博組織の実態と、そのメカニズム―――アジアの賭博組織が当地のサッカーリーグを崩壊させ、徐々にアジアでも人気のある欧州リーグに、そしてサッカー界の最高峰の舞台にすらその影響力を行使する様を描いている。少し前にドイツW杯で八百長試合があったと話題になったのを覚えている人もいるかもしれないが、それは本作がきっかけとなった。邦題は↑だが、これは内容を正確に表している訳ではなく、原題は『THE FIX-Soccer and Organized Crime』とそのまま。序章で著者は本作によって「サッカーの見方が完全に変わ」り、「今までと同様にはスポーツを見られなくなることだろう。」と警告しているが、最初はそれ程気にも止めなかった。


 詳細はさておいて、著者は200人に及ぶ関係者インタビューを始め詳細にこのメカニズムを調査して、最終的にドイツW杯での八百長に行きつくのだが、そこで衝撃的だったのは、この国がそれ以前のある大会の日本戦でも違法賭博者の誘いに乗っていたという疑惑だ。(作中では大会や開催年も明記されている。)著者ははっきりと日本側の加担を否定しているが、あの試合にそんな背景があった(かもしれない)とは・・・。さらに言えば、サッカー賭博では単に勝敗予想だけでなく、“点差”予想も時に対象となると言うのだが、ドイツ大会での疑惑を読み終えた時、南アで点差の付いたある1試合が思い浮かんだ。その試合の勝者は他の試合では(相手のレベルも考慮する必要があるが)無得点に終わり、敗者も他の試合では善戦し、この試合でも前半はなかなか良い内容を見せていた。それが後半のある時点から試合は一気に動き、結果的に大会最多得点差が付いたのだった。一定の点差が付くと緊張の糸が切れて雪崩の様にさらに失点を重ねる試合はこれまで何度かみた事があるが、それでも果たしてこれ程点差が付くものなのだろうか―――記憶の数々に対して序章での著者の言葉が蘇る。


 そんな読者の心理を見越してか、著者は最後にサッカーが持つ希望で本作を締め括る。話は賭博から全く離れ、アフリカ某国のスラム街に暮らす少年少女達にサッカーによって生きる希望や目的をもたらし、やがて女子サッカー選抜チームが遠く欧州まで遠征し、スラムしか知らなかった少女達が人間として成長を見せる、という話。開けてはならない箱を開けるとあらゆる厄災がこの世に飛び出たが、最後に“希望”が残っていた―――ギリシア神話の「パンドラの箱」だったかな。多分そんな展開を意識して書いたのだろうが、これからもユースから大人のサッカーまで、県リーグからCLまで、スタジアムで観て、TVで視て、語って、書いて、飲んで・・・それは変わらないし、もはや変える事は出来ない。著者はプロの試合に興醒めした一方で友人らとプレーするアマチュアサッカーに魅かれるようになったと述べているが、自分の場合は逆に、友人らが実際に選手として指導者としてサッカー界の裾野の部分で関わってるシーンが、これからもこの競技を観る(視る)上での希望、というか確証になってる気がする。