日本史上最高DFのキャリア

自分を動かす言葉/中澤佑ニ

 日本人選手の自伝、評伝あるいは啓発本(笑)の類には興味が無いと言っておきながら、この本を読んでしまった。主題はこの選手が今まで出会い、糧としてきた『言葉』を紹介するものなのだが、同時にこれまでのキャリアを振り返る構成にもなっている。本屋でパラパラとめくってみたら南アW杯直前でキャプテンを交代した時の様子を語っていて、それで即買い。という事で主題よりかはこの選手のこれまでのキャリアを語る方に興味が惹かれた。

 タイトルにも書いたが、現時点での日本歴代最高の守備者はこの人だと思う。代表110試合17点というのは井原(122試合5点)に試合数では及ばないが、ゴール数では大きく上回り、アジアカップでの出場/優勝回数(中澤3/2回、井原3/1回)、W杯出場数(中澤2回、井原1回)でも上回っている。よく「○○史上最高のDF」というと、ベッケンバウアーとか、バレージみたいな足元の技術、攻撃の起点にもなれるようなタイプが選ばれ易く、その点では井原かと思うが、↑の実績ではやはり中澤なのかなと。そして、これほどの実績を残した人が高校時代まで全くの無名だった。長友、本田然りでキャリアアップの経路が複数あるのが日本の強みかと思うが、それにしたって、全く無名の存在からブラジル留学〜ヴェルディ入団〜五輪出場〜代表入りというのは本人の意志、努力、それと運の全てが揃った賜物と思う。
 この人を初めて観た試合は01年のJ最終節、東京V×FC東京の試合だったと思う。丁度ヴェルディが残留争いをしていて負ければ降格、という状況だった(はず)が、この人は来たボールを頭で撥ね返し続け、結果1−0でヴェルディが勝って残留を決めた。何より一歩も引かずにラインを押し上げる気迫が印象深かった。大一番でこのようなプレーが出来るのも、やはりそれまで辿って来た道のりがあればこそなんだろうな。

 という感じで『言葉』の紹介より本人自ら語るキャリアの方を注視していたのだが、冒頭で述べた南アでの様子も面白かった。直前のキャプテン交代もそうだが、(本人は婉曲に述べているものの)やはり世代間のギャップみたいなのも透けて見えて、あの大会は一歩間違えばドイツの二の舞になる所だったかと今更ながら痛感した。というかそんな問題はどのチームに起こりえる事で、それを収めて結束を高めた南アのチームが素晴らしかったという事なのだろうが。

 その他初めて知ったのだが、ブラジルでの留学先には若き日のジウベルト・シルバが在籍していたらしい。1人は日本から来た何の実績も無い留学生、方やチーム内では図抜けていたが層の厚いブラジル国内では無名の存在ーーーその2人が06年にW杯の同じピッチで再会するという下りには胸が熱くなった。