歴史は繰り返すのか

北朝鮮・絶対秘密文書―体制を脅かす「悪党」たち―/米村耕一
 著者は毎日新聞の元北京特派員。標題にある「絶対機密文書」=検察の犯罪報告書(検察の幹部向け教養資料)を元に、北京や北朝鮮国境付近での著者の取材活動と併せて向こうの社会の実態を類推する形をとっている。とかくこの手の新書は単調な解説書になって新しい情報に接するメリットはあれど文章自体の面白さはあまり無いのだが、機密文書に記載された事実や著者の取材成果の一つ一つをパズルの様に組み合わせた結果として、このあまりに情報の乏しい国の実態や将来像が朧気ながら形を現わしていく様はある意味で推理小説の様な謎解きの面白さがあって、あっという間に読み終えてしまった。

 この犯罪報告書に書かれているのは違法な金鉱山掘削業であったり、政府・党・軍関係者による電線や放射性物質横流し、または世界遺産文化財盗難といった、北朝鮮が対外的に絶対に隠したい事案ばかりで、党による統制が一見取れているように見えて、実は足元では体制の枠組みでは捉えられない経済活動や人々が各地で勃興しつつあるという。こうした人々を単なる犯罪者としてではなく、日本の中世の動乱期に既存の支配体制に抗った集団である「悪党」と言う語で表現しているのはなかなか秀逸だった。
 最後に著者はこの国の将来について所見を述べているが、参考事例として旧ソ連、東欧、中国など他の共産主義国ではなく李氏朝鮮を挙げている辺りはなかなかこれまで出会った事の無い視点だった。著者曰く、李氏朝鮮末期にも現在の北朝鮮に通ずる新興経済人の台頭や身分制度の流動化が起こり、それらを背景とした反乱も起こったという。結果としてその反乱自体は短期で鎮圧されるのだが李氏朝鮮の体制に大きなダメージを与えて行った。著者は現体制が終焉を迎える時期を明示こそしていないが、「(崩壊への)タイマーのセット」という表現を使って、体制が変わる萌芽は既に芽生えつつある事を示唆している。

 状況は異なるが、日本の明治維新もペリー来航前に何も無かった訳ではなく、長い江戸時代の間に経済的、社会的変容が徐々に起こって従来の体制との矛盾が広がっていた中で、黒船はあくまできっかけに過ぎなかったんだろうな。現に大塩平八郎の乱や各地での一揆、打ちこわしなど体制に抗う出来事が19世前半に起こっている。その意味では今の北朝鮮は日本における大塩平八郎の乱前夜といったところで、もし歴史は繰り返すと言うのなら、もう少し経てば既存の体制に表立って抗う指導者が現れ、そしてそれは短期間の内に鎮圧されるだろうが、抵抗の火種は残ったまま、おそらくは国際関係の中で起こる思いも寄らない出来事を契機として日本で言う幕末期のような動乱が始まるのではないかなと。その時は日本にも影響が及びそうだが。