最初の言及

 閑話休題的なネタを。このブログも10年続けてそれなりに蓄積はあるのだが、今の日本の有力選手達に最初に言及したのはいつだったか調べてみた。まぁ記事一覧から一発で検索出来るので調べる事自体は簡単なのだが。尚、対象はこの10年にプロになった選手とする。つまり長谷部、遠藤、中村(俊)などこのブログ開始以前からプロで活躍していた選手は対象外。

■本田:2005/4/24
 マリノス戦観戦記で新加入の狩野健太について言及した中で、同世代で既にクラブでレギュラーを取っていた本田と比較。他に名を挙げていたのは前田俊介というのもまた時代を感じる。この時点では岡崎は清水で出番は無くて才能が開花するにはまだ数年を要し、長友も明大に入ったばかりで応援の太鼓を覚え始めたかどうかという時期だな。今年の高卒1年目は丁度この世代の10歳下だが、同じ様にプロで出番が無い選手、大学で応援メインの控え選手の中に数年後に覚醒する逸材が隠れているのだろう。

■内田:2006/3/29
 横浜M×福岡の観戦記。当時福岡の右SBだった中村北斗を見て、まだ結成前だった北京五輪代表の右SB争いに言及していた。確か内田はこの年にプロ入りして高卒新人で開幕スタメンを飾っていたが、開幕間もない時期でそういう情報も頭にありつつの言及だったと思う。内田はその後浮き沈みありつつも基本的には五輪代表→A代表、鹿島→シャルケとステップアップしている中で中村は何度も怪我に見舞われて足踏みしてしまった。思えば小柄ながら当たりに強くて走力もあり、SBもボランチも出来るマルチプレーヤーという点で長友に似ている。もしかしたら北京に行ってそのままA代表に定着しW杯にも出て海外にも移籍したのはこの選手だったかもしれない。

■香川:2006/11/12
 これは柏木、安田、槇野ら所謂“調子乗り世代”のアジアユース決勝について書いた時だな。香川は飛び級参加だったので次回の優勝への期待も書いているが、優勝どころか結局この世代を最後に今に至るまで4連続でアジアユースベスト8、つまりU20W杯出場を逃している。香川も次の大会には出たのだが、クラブとの兼ね合いでGL限定出場、その他にも当時既に大分で主力だった金崎もナビスコ杯決勝優先で不参加という不規則なチーム構成で準々決勝で韓国に負けた。
 この06年当時は香川はドリブルが上手いという情報はあったが、この代表では右SBやボランチの控えでプレーを見る機会もそれほどなく、今で言うなら阿部勇樹や長友みたいな守備のマルチプレーヤーなのかと思っていた。それが点もアシストも決めるトップ下として代表の10番も背負うとは。

■宇佐美:2007/8/5
 8月のクラブユース選手権決勝でも述べたが、8年前の同大会を観戦し、中3でガンバユースのレギュラーだった宇佐美を観ていた。中学時代から観ていた選手がプロで大成したというのはこの選手が初めてかもしれない。小中学生時代に神童扱いされても大人になって大成するのはほんの一握りだが、この選手は紆余曲折有れどJの得点王争い&代表にも定着しつつあるまで成長したのは素晴らしい事だ。
 
■長友:2008/3/27
 北京五輪代表の親善試合観戦記にて。この時点ではまだ五輪代表のサイドハーフは水野がファーストチョイスだと思っていたが、結局この頃を境に両者のキャリアは明暗が分かれる事になった。調べたら08年の1月に水野はセルチックに移籍しており、それがターニングポイントだったかな。水野がセルチックで停滞していた中で長友はこの試合の2か月後にはA代表入りも果たして、北京五輪→代表レギュラー→W杯出場→イタリア移籍と。前述の中村北斗の例もそうだが、移籍(の失敗)や怪我というのは選手本人だけではなく他の選手のキャリアにも大きく影響するものだと痛感する。

■吉田:2008/7/14
 北京五輪本大会メンバー発表を受けての文章。ツーロンとナポレオンを絡めるとかこんな発言してたんだな(笑)この選手はたまのやらかしで批判を受けるが、地頭の良さは感じる。特にSNSの使い方の上手さは、クラブの同僚など海外の選手のtwitterinstagramなどをよく見ているんだろうなというのが伺える。今年27歳だが中澤が同じ年の頃はまだW杯を経験してなかったし闘莉王もようやく代表に定着してきたという時期。今後4〜5年でCBとしてのピークが来るのではと思う。

■岡崎:2009/2/4
 冬の国立で開催されたフィンランド戦観戦記にて。当時は高原が代表から遠ざかって久しく、FWの頭数はいてもコンスタントに点の取れる選手はいなかった。玉田、巻、田中(達)、興絽など、ドリブルが上手い、運動量豊富、守備に貢献出来るFWはいたのだが。そんな中で岡崎はその点取り屋としての嗅覚が他のFW陣とは違うものがあって、面白い存在だった。この試合から6年半以上が過ぎて現在代表47点で歴代3位。既にレジェンド級の選手。

■柴崎:2010/1/11
 高校2年で出た選手権決勝の観戦記で。当時から遠藤2世という評判だったが、当時からやはりパスに偏り過ぎだと思っていたらしい(笑)遠藤のあの独特の間合いのパスは経験を積んで20代後半になって形作られてきたもので、若い頃の遠藤はもっとダイナミックに前に走り込んでミドルも狙う選手だった。柴崎もこの前のイラン戦はあまり良く無い出来だったが、山口や長谷部との競争に勝って試合に出るにはもっと機動力を付けないと厳しいかと思う。