清澄白川〜門前仲町

 最近金曜に飲む事が少なくなったせいか土曜はアルコールの無い爽快な気分で迎える事が多く(笑)、観戦が無くてもどこかに出掛けたい気分になる。まして天気が良ければ尚更に。先週に続いて今週も好天の予報だったので、今日は江東界隈に行くことにした。台東区墨田区の押上、浅草、両国辺りは何度も行っているが、その少し南のエリアは行ったことが無かったので。
 まず清澄白河で降りて清澄庭園に向かった。23区内の広い庭園が大抵そうであるようにここも旧大名屋敷かと思ったが、やはりそうだったらしい。ただ今のような立派な庭園となったのは明治以降で、あの三菱財閥岩崎弥太郎の手によるものだという。

余談だが、サッカー界では旧ソ連が崩壊した混乱期に台頭したオリガルヒ(新興財閥)がロシアリーグだけでなくチェルシーモナコのオーナー、筆頭株主になっているが、体制の大転換に戸惑う者が多い中でいち早く適応し、商才を発揮して(政権との癒着等、清濁併せ呑みながら)台頭していった様は、岩崎弥太郎ら明治期の財閥の創設者達と重なる。どちらも転換期(明治維新ソ連崩壊時)に20代半ば〜30代前半の年齢だった点も共通しているが、それ以上若ければ事を成すに必要な経験や手段を持たず、それ以上の年齢なら旧来の観念に縛られて動きが取れず、といった具合で自ずとこの年齢層に収斂されるのだろう。
 庭園の後は近くの深川江戸資料館に行き、その後は近くで深川めしでも食べようと思っていたのだが丁度昼時でどの店も行列が出来ていたので清澄白河を後にして門前仲町方面に向かった。ここにも店は色々あるようだったし、時間を潰してれば昼時のピークも過ぎるだろうと。歩いている途中にあったブルーボトルコーヒーに寄りつつ富岡八幡宮へ。

ここには横綱力士碑、大関碑などあって相撲に縁の深い神社のようだったが、江戸勧進相撲発祥の地ということで、つい昨日は稀勢の里横綱力士碑に名前を刻印する儀式もあったらしい。その他伊能忠敬にも縁があるようで銅像があった。現在本殿は工事中のようだったが、それにしても自分は寺社参拝でこういう工事に当たるな(苦笑)
 参道脇には深川めしの店があり、丁度空いていたので入れたのだが、深川飯は炊き込みご飯形式だけでなく、汁飯形態もあった。漁師料理として汁掛けが元祖のようだったし食べたことが無かったのでこちらを頼んだのだが、まさに白米に味噌汁を掛けた風味で、控えめに言って猫まんまと紙一重ではあった。
 昼食後はすぐ近くにある深川不動尊に行き、

 土産に煎餅を買って門前仲町から帰宅の途に就いた。都心からほど近い場所だが、人が多すぎず少なすぎず、落ち着いた街並みだった。