追憶のW杯予選①〜ドーハ〜

今日からまた日常が始まった。意外なほど休みボケも無く、普通に一日が終わってしまった。会議4時間はさすがに堪えたが。途中強烈な眠気が襲ってきたが、Frisk計10粒でなんとか撃退。今週は特に何も無いので、場繋ぎにW杯予選について色々語ってしまおう。日本も予選を終えた事だし。初回はアメリカW杯予選。


実は「あの瞬間」はリアルタイムで観ていない。その瞬間、勝利を確信していた当時小6(歳がバレるw)の俺はトイレの中にいた。そろそろW杯出場を決めているだろうと、興奮を抑えつつTVの前に戻ると、倒れこむ日本の選手たちと、それを抱き起こすオフトの姿が・・・

その後、「あのシーン」をリプレイで嫌と言うほど見せ付けられたが、そんなものはどうでも良かった。ただ、次の予選までの4年という時間に絶望的な気分になっていたのは覚えている。12歳にとっての4年は人生の1/3、4年後は高校1年だったが、実体の無い、遠い未来の様に感じた。今となっては4年間などあっという間なのだが、当時は果てしなく長い時間だった。

時々、あのチームがW杯に出ていたらどうだったのだろう?と、考える事がある。おそらく全敗、良くて1分けか。しかし、アメリカに出ていればその経験を生かし、フランスで3連敗する事は無かったのではないだろうか。そして2002年ではベスト16以・・・いやこの辺りで止めておこう。過去を振り返ると際限がないな。だからこそ思う。ことあるごとにあのシーンを繰り返すテ○朝よ、そんなに記憶を陳腐な記録にしたいのか?

あのユニフォームは正直自分の好みでは無く、それ以前のadidasの3本線が肩に掛かったシンプルなタイプがいいのだが(所属団体の友人がそれに似たユニを着て来る度に羨ましく思う)それでも“翼ユニ”を見るたびに懐かしさが込み上げてくる。あと、多少の苦さと。

そんな訳で、ドーハの記憶はサッカーの恐さを教えてくれた貴重な経験になっている。これがあったから、4年後にどんなに追い込まれても、不思議と予選落ちするとは全く思わなかったんだろう。

これを、一応ドイツW杯予選まで続ける予定。1週間で終わらなさそう・・・