ある記事を読んで

 先日、とある雑誌に母校の英語教師が掲載されていた。記事を読むと、授業は俺がいた頃と全く変わりないようで、読んだ後は懐かしさと、当時の記憶が呼び起こされた。

 高校時代は時間を無為に過ごしていた3年間だとずっと思っていた。もちろん良い思い出もあるが。それに比例して(?)成績も下降線を辿っていったが、そろそろ受験も意識しだす高3の初め(いや高2の終わりだったか?)、廊下ですれ違った時にあの人は成績の事を気に掛けてくれた。別に特別親しくしていたという訳でもなかったし、いきなりそんな事を言われて驚いたものだ。取り敢えずその場をやり過ごして終わったほんの些細な出来事だが、記事を読んだ後に何故か思い出した。変わった人だった。明るい人だが、時折見せる厳しい顔とのギャップには驚かされたし、その授業スタイルも独特だったな。欧米に代表される英語文化圏に対するスタンスは他のどの英語教師とも違っていたし、そのある意味醒めた態度は、眼前の英単語、構文を覚えるのに必死な当時の俺には理解しきれなかった。授業中は英語の枠を越えて色々と話をしてくれたものだが、その数ある発言で印象に残っているのが、
「アメリカは確かに自由の国だが、自由を守る為にかなり不自由しなければならない。」
その当時は分かった気になっていただけでまるで理解してなかったが、今なら、その真意がとてもよく分かる。誰よりも日本人である事を自覚し、誰よりも他の文化に対する理解を深めようと努めた人、って言ったら大袈裟かな。

 卒業後、ある機会にあの人の姿を久々に見た時は、あまり体調が優れないようだった。学校で見せる明るさの裏で、あまり幸せには恵まれていなかったと聞くが、廊下での出来事、そしてその後結局なにもせずに浪人した事、あの人の言葉、そして近況―――記事を読んで様々な思いが去来し、この人との出会いだけでも、あの3年間は無駄では無かったと思い直した。もうあの時のような無駄な時間は過ごしたくはないし、あの人のもう一つ印象に残る言葉をこれからも胸に刻んでおきたい。幸いな事に、大学時代から今までは本当にいい時間を過ごしている。それがあの人に対する俺のせめてもの恩返しだろう。