十字軍物語

十字軍物語2塩野七生


 元々塩野七生の本は単行本が出た数年後に文庫版が出るので、単行本は図書館、買うのは文庫版と分けてたんだが、この前GWに読む本を探しに本屋に行ったら第2巻が発売されてたのでつい買ってしまった。図書館だと3ヶ月は待たないといけないし。
 本シリーズは挿絵と解説で構成された序章含め全4巻で、第1巻は十字軍結成からそのエルサレム攻略〜中近東の十字軍諸国家の基礎固めまで、そしてこの第2巻はその後のイスラム勢の反撃を中心に、最後はサラディンによるエルサレム奪還まで。ちなみに最終巻は今年度下半期刊行予定。


 この巻では、イスラムの反撃に加えて、何故兵力等資源に恵まれなかったキリスト教側が、それでも何とか命脈を保てたのか、という視点が中心になっている。その答えは
テンプル騎士団聖ヨハネ騎士団という常設戦力が慢性的な兵力不足を補ったから
・現在は世界遺産に指定されているクラック・デ・シュバリエの様なイスラムには無い優れた城砦建築術を持っていたから
ベネツィアジェノバ等のイタリア海洋都市国家制海権を握って物資の補給を維持出来たから


 と著者は述べているが、それとは別に、両宗教間の交流もあったように思う。十字軍をきっかけにイタリア商人を介してイスラム世界との交易が活発になったのとは別に、作中では当時のイスラムの地方領主が記した記録から現地人も宗派を越えて交流していた事実を紹介している。それから伺えるのは、西欧から来たばかりの人間は無知から来る無礼、無作法が顕著なのだが、現地に長くいる西欧人(とその子孫)ほどイスラムの人々を食事に招いたり等交流していたという事で、これは今でも通じる概念かと思う。つい先日あのビン・ラディンが殺害されたとのニュースが駆け巡ったが(これも隠し事だらけで大分怪しいが。)、こういうテロとその報復といった極端な行動が常に前面に出てしまう一方で、穏健に異なる宗派間で共存している事例も確実に存在する。十字軍の時代から1000年近く経っても大して変わりは無いのだから、これから1000年経っても変わらないのかもしれないが、1000年前でさえこのような交流があった事は争いが終息する上での希望になるように思う。


 話は変わるが、先ほど述べた騎士団の中で聖ヨハネ騎士団は今でも存在すると知って驚いた。十字軍勢力が中近東から一掃された後もロードス島マルタ島と本拠を変えながら、今は『マルタ騎士団』としてローマに本拠を置き、領土こそ持たないが国連も認める主権実体として存在してる。正式名称『ロードス及びマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会』。
 この団体は元々十字軍以前にエルサレムキリスト教巡礼者向け医療施設として発足したのだが、今の活動も医療の慈善活動が主になっているらしい。公式サイトもあるが、さっきまで本の中で対イスラムの戦いに従事してた団体が今も存在してHPまで持っている事も何だか信じられないけど、今の活動が本来の発足理由であった医療活動になっている事が感慨深かった。実はこの団体は日本政府未承認なのだが、今回の震災に対しても日本で支援活動を行っていたりする。中世には異教徒相手の尖兵だった集団が、21世紀の今は宗派を越えた慈善医療団体になっているというのもさっき述べた希望の1つ、かな。