過去に学ぶ

昭和16年夏の敗戦猪瀬直樹
 
 【概略】

 日米開戦を目前にした昭和十六年、軍官民の将来有望なエリートを集めた「総力戦研究所」なる機関が発足した。その演習の一環として実施した模擬内閣による日米開戦を前提とした試算ではあらゆる面から日本の敗北が導き出され、この結果は当時の近衛内閣の閣僚に発表された。しかし日米は開戦するに至り、真珠湾攻撃や原爆投下を除いて、ほぼ研究所の試算通りの結果となったのだったーーー

 本書は上述の研究所の活動と並行して現実の政府がいかに動き、そして開戦に至ったかも述べられている。これだけ書くと、この「総力戦研究所」という名称といい、活動といい、いかにも国の肝煎りで設立された秘密組織のような印象も受けるが(実際に戦後の極東国際軍事裁判ではそれを疑われた。)、実際はどちらかと言うと作ったまま半ば放って置かれた感が強く、この日米開戦後のシミュレーションも、研究の主目的というよりかは予定されていた活動が変更された為に急遽行われたと言った方が適切かもしれない。内閣閣僚を前に発表したのも、一応この機関が内閣直属だったからという面が強かっただろうし。

 故に一番衝撃だったのはこの試算の結果そのものではなく、このような急遽実施された演習ですら戦局をある程度想定出来たにも関わらず、現実はそれとは真逆に進んだという点にある。この試算は研究所の各メンバーが其々の出身組織(軍、中央官庁等)からデータを持ち寄っていたので、それが試算結果の精度に反映されたとも言えるが、いくらエリート揃いとは言え、30代半ばの面々が机上で検討した結果ですら、日本の敗北を予想出来たというのに、実際の政府、あるいは軍部はそれが見えなかったというのは・・・。現実が見えなかったのか、あるいは見て見ぬふりをしたのか―――多分これは今も根深く残っている病巣、なんだろうな。先ほど研究所のメンバーが情報を持ち寄り、と書いたが、結果的にはこれが組織の枠を越えた情報の共有に繋がった一方で、実際の政府は各省庁間、あるいは陸軍と海軍といった組織間で重要な情報を隠蔽し合い、共有される事は無かった。まぁこれもどこかで聞いた事のある話ではある。

 それ以外に興味深かったシーンとして、海軍から派遣された研究所メンバーが大和魂の絶対性を唱える陸軍出身の教官に「アメリカにもヤンキー魂がある」などと反論し、対アメリカの敗北を戦前から予期していたり、あるメンバーの証言としてミッドウェーでの敗北後に海軍の将官が皆がっくりしていてあの時点で敗戦はほぼ決まっていただとかの話があった。海軍はある程度現実が見えていたのかもしれないが、それでも開戦を回避出来なかった点に、また先ほどの話に戻ってしまうが、既視感を覚えずにはいられない。歴史を学ぶというのは過去を教訓として現在、未来に生かすという側面があるのだが、これはまさにその為にあるような作品。

 そうそう本作の著者はこの前辞めた都知事の後継に指名されているのだが、今までの職務ーーー道路公団の民営化委員や副知事ーーーは首相や都知事の下でこそ、という面が強いと思ってたんで、仮にこの人がトップに立ったら今までの様に動けるのか少し疑問ではある。まぁアンチ石原で凝り固まって政策も何も無い人間が当選するよりかは余程良いが。また色々ピンキリな候補者なんだろうな。