レ・ブルー黒書――フランス代表はなぜ崩壊したか/ヴァンサン・デュリック
これは南アW杯でのフランス代表の醜態を、単に練習ボイコット事件だけに焦点を当てず、それ以前―――ドメネク就任―――から南ア後の始末談までを中心に描いたもの。登場人物も当事者たる監督、選手だけでなく、サッカー連盟の幹部団やジダンらの代表有力OB、果ては大統領サルコジを始め当時のスポーツ関連の閣僚にまで及ぶ。著者、訳者共にWSDでよく見る人。
丁度本屋でこの本が目に入った時は、EURO2012でナスリが記者に暴言を吐いただとか、何人かの選手が監督に造反しただとかのニュースが流れていた頃で、改めて2年前の事件を振り返るのも面白いと思って即買いした。本作ではボイコット事件について誰が首謀者だったか名指しで書いてある訳ではないが、読み終えて浮かび上がって来るのはチームの勝利より個人を優先させる選手、巨大な組織内での権力争い(主としてアマvsプロ)に力を費やす連盟とその間隙を縫って惨敗したEURO2008後もクビが繋がったドメネク、そしてフランス代表の勝利をあわよくば支持率上昇や政敵との戦いに有利に運ぼうとする政治家らの姿。フランスW杯〜EURO2000を制覇し、ドイツW杯でも準優勝したジダン、テュラムらも著者の指弾から逃れる事は出来ず、フランス代表への個人シェフ帯同等特別待遇を受け、例の頭突き事件後はジダン個人のスポンサー陣(ダノン社等)が一大キャンペーンを張ってイメージ維持に努めた事や、連盟幹部として舌鋒鋭い意見を述べるテュラムでさえも、普段の会合には殆ど出席しない姿勢を指摘されている。(それでもジダンらは最後はチームの勝利を最優先させる意志があり、だからこそあの結果が付いてきたのだとも言っているが。)
結局結果が出ていた頃も今も組織としては大して変わり無いものの、選手が最後に自身を優先させるか、チームの試合での勝利を優先させるかでここまで違ってくるものなのだな。重要なのは“チームの試合での勝利”という部分でこれは決して“チーム”と単に一言では片付けられず、むしろ誤解を招く事になる。南アの選手達は“選手共和国”と称される集団を形作り、リーダー格の数人がその他の選手を暗黙の同意に追い込んだ上で形式上“全会一致で”ボイコットするに至った。これも言い用によっては“チームを優先”と言えなくもないが、本来の意味とは全くかけ離れたもの。キャプテンだったエブラ、その他リーダー格のリベリ、マルダ、アビダル、トゥララン、選手として半ば隠居状態だったが影響力を保持しようと努めていたアンリ、そしてキャリアの最初から常に個人を優先させ、最後は追放されたアネルカ、これらの選手はジダンら先輩の権力だけ継承しようとして、その目的が何か履き違えたままだった。グルキュフに嫉妬して試合中殆どパスを回さなかったりとかそういった面も含めこれらの選手は上の世代に比べて(少なくとも代表において)あまりにも“小物”だった。
当たり前の話かもしれないが、各選手のベクトルがバラバラだと、チームはここまで脆く崩れ去るものなのだという格好の事例かと思う。話を2012年に戻すが、フランス代表の今後があまり明るく見えないのは、今回のEUROで問題を起こしたのが、ナスリ、エムビラ等南アを経験していない選手達だったという点にある。要は若い世代は大概がこういう個人主義に染まってしまっている証明になってしまった訳で、今後も予選は突破するけど本大会でパッとしない、の繰り返しか。監督がデシャンになったけどブランでもああならそれ程劇的に改善されるとは思えないが・・・。
このようにチームがチームとして機能しない様は他チームにとって他山の石になるもので、それは今の日本にも格好の教訓に出来る。今は南ア以降のまとまりがあるが、崩壊の芽は何時、何処に芽生えているか分からない。国内組×海外組、ベテラン×若手、攻撃陣×守備陣、(今の日本ではあまり起こり得ないだろうが)所属クラブのライバル関係etcチームというものは非常に危ういバランスの上に成り立っているのだなと改めて感じた次第。だからこそ今のまとまりを維持している現代表のリーダー格(長谷部、本田、川島、遠藤等?)の器も分かると言うもの。