スーパー杯 G大阪×浦和(日産)

barcaw2015-02-28
 2015年初観戦。今年も去年の様にJ各クラブのスタグルを集めたフードコートが出るとの事で、滅多に食べられなさそうな品を幾つか食べるつもりで向かったら、どこも長蛇の列でとても2〜3品買えるような状況では無かった。まぁ12時過ぎと少し遅めに行ったのが間違いだったのだが、1店くらい空いてそうな所はあるだろうと思っていたのが甘かった。結局買えたのは既に等々力で2回ほど食べた(苦笑)川崎のうどん入り塩ちゃんこのみ。

 観戦は大晦日以来約2か月ぶりで、中に入って両チームウォーミングアップ、審判団や選手の紹介、そして入場と言う流れも久々だったので不思議と新鮮な感覚。スタメンを見ると両チームとも先日のACLから一部選手を入れ替えていたが、ガンバの層の厚さには驚いた。赤嶺、明神といった現時点のサブクラスをスタメンに使ったが故ではあるが、ベンチに阿部、パトリック、リンス、米倉といった去年の主力、準主力クラスや経験豊富な小椋など、どんな試合展開にも対応出来そうな面子が並んでいる。去年の3冠は勢いの面もあったと思うのだが、いつの間にかそれに相応しい陣容も手に入れて、風格も手に入れた、そんな印象。
 試合はボール支配率は浦和ながらガンバも時折カウンターをしかけて浦和ゴール前まで到達するといった展開で前半で決定機は特になし。浦和のサッカーはさすがミシャ4年目だけあって完成されているのだが、一方で昨季終盤に見せた手詰まり感は改善されておらず、このサッカーでの伸びシロはもう無いとも思わせた。サイド突破のメカニズムはスムースで、同サイドで複数人が連携するパターン、中盤深い位置から柏木が正確なロングフィードを出すパターンからサイドを深くえぐる形は出来ているのだが、後はクロスに終始して簡単に撥ね返されるシーンばかり。あれほど深く突破しながら最後があまりに淡白だった。結局シュートまで持ち込めるのは、中央の阿部や柏木がエリア外からミドルを狙うパターンが大半。後半は李が中央でボールを受けてコンビネーションや個人のスキルでシュートを狙おうとしていたが状況は打開できず、やはり興絽(今日は欠場)の裏に抜けるセンスに依存するのは今季も変わらずか。

 と言う中で後半にガンバが先制した。後半半ばにまだ宇佐美との連携に苦労していた赤嶺を下げてパトリックを入れたのだが、途端に攻撃のリズムが生まれ始めた。高い位置でボールを奪ってどちらかにボールが渡ればコンビでシュートまで持ち込んでしまう。そうして奪ったCKから、遠藤のキックをガンバの選手(不明)が中央で後ろにそらした所にファーサイドにいた宇佐美が飛び込んだ。今日は先日当blog上で宇佐美についての公開論争(苦笑)を行ったW氏と観戦していたのだが、華麗なドリブルシュート、ミドルシュートだけでなくこういうゴールも継続的に決められるようになったらいよいよ量産体制だな。今季は全大会で背番号(39)ぐらい決めて欲しい。ついでに言うと数だけでなく出場する全大会でのゴールにも期待したい。(今日のスーパー杯の他にJリーグ、天皇杯ナビスコ杯、ACL、スルガ銀行杯、後はACLを勝ち抜けば勿論クラブW杯でも)

 先制後はガンバが浦和ゴールに迫るシーンが幾つかあったものの、浦和も攻め続けて何度か惜しい場面を作り、終了直前にはガンバゴール前(アウェイ浦和側)での混戦で浦和サポの怒号が一気に高まったシーンがあった。ホーム側にいたのでよく分からなかったのだが察するにバックパスを手で処理したように見えたのだと思われる。更に終了間際にはガンバDF丹羽or呉宰碩のクリアミスで浦和スローインという場面が。ガンバからしたら嫌なミスだったのでここからボールを繋いでの同点の匂いが一瞬漂ったのだが、浦和はスローインの処理にもたついてパトリックにボールを奪われ、パトリックはそのまま独りで持ち込んで止めの2点目。直後に試合が終わった。

 終了間際のシーンに浦和がタイトルを取れない理由が凝縮されているように思う。相手のミスを活かせないチームと活かして点に結び付けるチームの違いというか。パトリック投入後のガンバのサッカーはまさに王者のサッカーだった。ただそれだけにACLでベスト4ぐらいには到達して欲しい。国内無双でもアジアであっさりGL敗退というのは、例えACLが労多くして益少なしだとしてもあまりに虚しい。その為には今日は不発だった赤嶺を上手く既存のサッカーに取り込む必要があるが、巨漢ながらスピードに乗ってサイドに中央に顔を出すパトリックのあのプレーは誰にも真似できないのも事実なんだよな。宇佐美はまだリンスが同タイプとして代役になり得るのだが。

 今年の初観戦と言う事でいつになく長文になってしまった。それだけ色々示唆に富む試合だったとも言えるな。さすがにこれを毎試合続ける気は無いが(苦笑)、今年もまた観戦生活の始まりと言う事で。