J1前期第13節 松本×横浜M(アルウィン)


■信州行
 ついにアルウィン行の日が来た訳だが、今回は19時試合開始と電車では日帰り出来ないので、当初は友人が車を出し、行き帰りともそれに乗る予定だった。が、先日のドローン事件で長野の善光寺が七年に一度の御開帳と言う事を思い出し、行きは北陸新幹線で長野、そこから電車で松本に向かって松本城アルウィンと周って、帰りは友人車で中央道を一路東京へ、という東京〜信州を反時計周りに周遊するプランに変更。
 北陸新幹線は折角だからあの青い最新車両に乗りたかったのだが、てっきり全席指定の「かがやき」のみだと思っていたら自由席も含む「はくたか」にも利用されているのを今回知った。はくたかでまずは長野へ。

到着後、駅のコンコースには善光寺の特設ブースがあって本堂前のライブカメラ映像も流されていたのだが既に相当な人出で、着くと回向柱(本尊と糸で結ばれ、触れると本尊に触れるのと同じご利益があるという)は80分待ち、戒壇巡りに2時間待ちと知って参拝のみで済ませた。

 長野駅までは徒歩で向かったのだが、その間AC長野パルセイログッズの販売店を探索。基本こういうサッカーチームのグッズは試合会場で売る以外は下部リーグになるほどおそらくは人件費の関係でネット販売に比重が置かれ、なかなか常設の店舗で販売されている例は少ない。あっても地元のスポーツ用品店かコンビニの一角に置いてあるぐらいなのだが、長野駅周辺には無いようだった。代わりと言っては何だがパルセイロ自販機を撮影(笑)南長野の新スタジアムは今後必ず行くつもりだ。

 長野からは在来線の快速で1時間10分程掛けて松本駅に向かった。駅で車で来た友人と合流し松本城へ。

 想像よりも天守閣は一回り小さかったのだが、堀の上にそびえる姿は背景の南アルプスという構図を含め美しかった。誰の築城なのか、そもそも松本を領していたのは誰なのかという基本情報も知らなかったのだが、この天守を築城したのは家康の重臣だったのに秀吉配下に鞍替えした石川数正で、江戸時代は石川氏、小笠原氏、戸田氏、水野氏、松平氏と城主が転々として戸田氏で幕末を迎えたという。
 堀のすぐ外ではフードイベントやTVの収録(テレビ●京の大食い番組のようだった)なども行われており、松本の地ビール、ワイン、山賊焼、蕎麦等を堪能した。飲み食いしてる内に別車で来た他の仲間も合流していよいよアルウィンへ。ちなみに今回は西は広島、北は仙台から仲間が集まったのだが、横浜から来た友人は高速の分岐を色々と間違えて沼津まで行ってからようやく松本に辿り着いたらしい(笑)

■観戦記
 この試合は松田というキーワードと共に語られる事の多い(というかそれが大半)だが、ここではあくまで通常の観戦記と同様の視点にて書きたいと思う。
 アルウィンは空港の隣にある公園地帯の一角にあるのだが、滑走路の北側にあるスタジアムに対して車を停めた駐車場は南側にあり、距離にして2kmほどあるのでシャトルバスが運行されていた。普通シャトルバスと言うと路線バスタイプで人数も出来るだけ多く詰め込む所が多いので今回もそうかと思っていたら観光バスタイプの車両だったという。これには驚いた。
 長い入場列を経てついにアルウィンのスタンドに入ったのだが、その時の感覚は観戦仲間も言っていたが、懐かしいというか初めてサッカーを観に行った時、初めて日産や埼スタの中に入った時と似ていた。同規模の専スタはユアスタフクアリと他にもあるが、ここは屋根が殆どないので晴れていればとても開放的な空間になる。特に試合開始直前、夕日に染まる南アルプスを背景にスタンドが山雅の緑、マリノスの赤白青で染まった光景は、これまでに日本全国のスタジアム、試合を観てきた中でも最高級に美しいものだった。これだけでチケ代以上の価値があるとでも言うか。
 試合について。試合は開始からマリノスが上手くボールを保持して押し込み、終わってみれば3−0の快勝。3点とも個人の閃きや組織が融合したレベルの高いゴールだった。以前も書いたが、モンバエルツのサッカーは無理が無いというか、各個人が出来る事(特長)をしっかり表現出来ているように思う。そういうサッカーなので水曜のナビスコ神戸戦みたく、レギュラー格以外の選手が多く出場すると内容、結果もそれに単純比例するのだが。また対戦相手の格にも結果が比例する傾向もこれまでより強まっているので(これまでは首位チームに勝った後に昇格チームに負けるといった事が多々あった。)、次節のガンバ戦がどうなるか楽しみではある。
 山雅のサッカーは昔のベガルタのような印象を受けた。5〜6年前の今ほど洗練されてない仙台、梁勇基、野沢みたいな中盤で独特の間合いを作れる選手のいない仙台という感じで。粗削りだが全員アグレッシブでいつの間にか相手ゴール前に到達し、シュートに至るサッカー。今日もサイド起点に何度か攻め込んだが、普通のクロスでは中澤、ファビオにしっかり対応され、決定機には至らず。それでも今日の試合が終わって12位は昇格チームとして上出来。余談だが山雅は岩間、岩沼、岩上など“岩”の付く姓が多くまだ判別に苦労している(苦笑)

 試合後は駐車場まで歩いたのだが、途中何人かの地元の山雅サポの人が道を教えてくれたり自分も同じ所に向かうからと暗い夜道を同行してくれるなど、人の暖かさに触れた。まだ5月だが2015年は勿論、過去を振り返ってもこれほどの遠征は無かった。帰りは友人車で都内某駅まで送って貰い、そこからタクシーで帰宅。家に着いたのは午前2時半だった。