平成の観戦を振り返る

 学生の頃から観戦の記録を付けるようになった。と言ってもメンバーや展開を詳しく記載するようなものではなく、日付とスコア、得点者、スタジアム等を記載しただけの簡素なもの。これのお陰で今も過去の記録を手掛かりに記憶を辿ることが出来る。いつしか観戦数は700を越え、区切りの良い数になったら振り返ってみようと思ってはいたものの、1000試合にはまだ少し掛かるな、と思っていたタイミングで改元されるので、ここで一区切りを付けておきたい(笑)まぁ実際これまでの観戦は全て平成時代なので、ある意味丁度良い括りではあるかな。ちなみに観戦にはプロ/アマ、男女、年齢の区別は無く、高校選手権や都道府県リーグ、なでしこの試合も含んでいるし、またフットサル(代表戦、Fリーグ)、ブラインドサッカーの試合もカウントしている。

累計観戦数:754試合(2019/4/30現在)
■初観戦試合
1995/6/10 ペプシカップ 鹿島×パリSG(東京ドーム)
初めて観に行ったサッカーの試合はJでも天皇杯でも高校選手権でもなく、東京ドームに人工芝を引いて行われた親善試合。当時のパリSGは直前の94ー95シーズンにジョージ・ウェアやジノーラ、ライーらを擁してCLベスト4に行くレベルにあったが、こうした親善試合のご他聞に漏れず出場したのは控え選手中心だった(はず)。メンバーの詳細は分からないのだが、もしかしたら当時若手FWの一人だったエムボマがいたかもしれない。スコアは3-2で鹿島勝利だったのだが、ゴールは序盤に集中して後半は退屈だったのは覚えている(笑)

■Jリーグ初観戦
1998/3/25 J1 1stステージ第2節 横浜F×浦和(横浜国際)
 初観戦から約3年が経過した98年に2試合目、かつJリーグ初観戦。丁度横浜国際総合競技場(現日産スタジアム)が出来たし、学校が春休みなので行ってみようかなという動機だったと思う。この試合で覚えているのは何と言っても小野伸二だな。当時は清商からプロ入りして1年目だったが、既にA代表入り、フランスW杯のメンバー入りも囁かれる存在だった。そしてこの試合で1対1を冷静に決めてJ初ゴール。フリューゲルスの監督はクライフのバルサでコーチを務め、後に監督にもなるレシャックで遠藤保仁も出ていたが、バルサ流のパスサッカーといいつつパススピードが遅く原博実監督の浦和に何度もカウンターを浴びていた。浦和の2トップは岡野と大柴という快足コンビで。思えばこの時点では原氏も三菱重工からの生え抜きでコーチから監督に昇格というまさに「浦和の人」だったが、その後の解任→FC東京監督就任→協会やJでの要職という経歴を経てもはやそのイメージは薄い。

マリノス初観戦
1998/3/28 J1 1stステージ第3節 横浜M×広島(三ツ沢)
 マリノス戦は上記のフリューゲルス戦から3日後の三ツ沢の試合。この試合ではフリオ・サリナスが4点決めて4-0で圧勝した。当時のマリノスは他にアスカルゴルタ監督、ベギリスタイン、バルディビエソらスペイン、南米路線だった。2年目の中村俊輔も出場。このシーズンで覚えているのは上野良治ボランチで開花したこと。伸び悩むトップ下の選手がボランチにコンバートされてブレイクという点であのピルロの事例を先取りする形だったと思う。引退後は全く消息を聞かないが今どうしているのだろうか。前にも書いたがこのコンバートとか、その後の岡田監督時代に試合で使わないと宣言されながら自力でスタメンの座を勝ち取ったりとか、そういう経験は特に若い選手の指導に活かされると思うのだが。

■ユース年代初観戦
1999/1/2 高校選手権 滝川第二×青森山田(三ツ沢)
 これも冬休みだから近場の試合に行ってみたという経緯で、主目的は佐野裕哉擁する第2試合の清商だった。第1試合のこのカードは両チームとも選手は全然知らず、青森山田にブラジル人留学生がいたのでこちらが有利かなと勝手に思っていたら滝川第二が4-1で圧勝。この試合で2点決めたのが後にジェフやトリニータで活躍する滝川第二林丈統だった。この大会で得点王を獲得。

■日本代表(男子)初観戦
2001/11/7 親善試合 日本×イタリア(埼スタ
 初めて行った代表戦は埼スタのイタリア戦。当時から帰りは混むという評判でルート開拓に東川口から歩いてみたらエラく時間が掛かった事、遠くから埼スタが見えた時、そしてスタンドに入ったら目の前でブッフォンネスタらイタリア代表選手達がアップしていたのを観た時の感動、試合前には当時ローマでチームメイトだったトッティと中田が談笑しているシーンが映像装置で映し出され盛り上がった事、目の前で観た柳沢の先制ボレー、イタリアの同点ゴールも目の前で、決めたのがトッティでもデル・ピエロでもインザギでもなく地味な(笑)ドニだった事、帰りは結局一緒に観た埼玉の友人宅に泊まった事・・・今も忘れられない思い出。

■日本代表(女子)初観戦
2003/7/12 W杯予選プレーオフ 日本×メキシコ(国立)
 なでしこの試合、というか女子サッカーを初めて観たのは、まだその愛称が付けられる前、2003年のW杯予選プレーオフだった。アウェイで引き分けた後ホームに戻ってきた試合。この試合で2-0で勝利して予選突破を決めたのだが、得点者は澤と丸山という8年後にW杯優勝の立役者となる2人。この2003年W杯ではGL敗退に終わるのだが他に宮間ら後の主力選手が台頭し始めて、翌年のアテネ五輪でベスト8。そして08年北京五輪で4位になった頃から黄金期が始まった。

■最も多く試合を観たスタジアム

1位:日産スタジアム(257試合)
2位:国立競技場(117試合)
3位:ニッパツ三ツ沢球技場(90試合)
4位:等々力陸上競技場(51試合)
5位:埼玉スタジアム(49試合)

やはり日産スタジアム(横浜国際)が一番多いが2位が旧国立だったのは意外だった。かつては年代別を含む代表戦の開催が多かったし、天皇杯ナビスコ杯、高校選手権の決勝などによく行っていた為かな。三ツ沢もマリノス戦に加えて選手権で結構行ってるし、等々力はフラッと川崎の試合を観ることが多かったが故か。埼スタが味スタより多かったのも意外だったが、思えばここも浦和絡みの試合だけでなく代表戦で結構行ってる。

■最も多く試合を観た年

2008年(63試合)

 2007~2009年は61試合、63試合、54試合とその前後に比べて多く、マリノス戦に加えて代表戦も近場で開催されたら行ってたし、マリノスが遠地アウェイの週は埼スタ、等々力、味スタなどにふらりと出掛けて観に行っていた。その他年末年始には高校選手権があり、ほぼ毎週何かしらの試合を観に行っていた年だったな。ここ10年ほどは年間40試合前後。マリノス戦以外は(優勝、昇降格争いなど)展開的に面白そうなカード、未見のチーム、未踏のスタジアムに行くことに重点を置いている。まぁ未踏スタジアムは殆ど遠地なので長期休暇中しかチャンスが無いのだが。

■その他色々
以下観戦記録を振り返って印象に残る試合をば。
2004/8/1 親善試合 鹿島×バルセロナ(国立)
 この04年から06年頃にかけては欧州クラブがマーケティング目的でシーズンオフやプレシーズンに日本を訪れることが多かったのだが、この試合もその一環。何故この試合を挙げたのかというと5-0でバルサが勝ったこの試合の5点目を決めたのが当時17歳のメッシだったから。当時からマシアの天才少年としてそこそこ名を知られてはいたが、そういう選手は過去も今もいる中で、その中の一人以上の認識は無かった。途中出場で点を決めて凄いなとは思ったが、まさかあれほどの選手になるとは当時は夢にも思わなかったな。当時はトップチームに昇格したばかりで公式戦デビュー前だったが、もしかしたらこの鹿島戦のゴールがトップチーム初ゴールだったかもしれない。

2005/3/8 CL決勝T1回戦 ACミラン×マンチェスターU(サンシーロ
 海外初観戦試合。卒業旅行はイタリアで1週間で4試合観るという怒濤の観戦行だったのだが、この試合は当初チケ代が高額で諦めていた。ただマンチェスターから来た連中がミラノのドゥオモ前広場を占拠して騒いでいたのを目にし、この雰囲気の続きを味わいたくなって友人と少なくともスタジアム迄は行こうと決めた。間の悪いことに丁度地下鉄がストライキで止まっていて、トラムもマンUサポが占拠していたので結局サンシーロまで歩いて行った(今googleマップで測ってみたら6kmほどあった)。スタジアムに着くと、同じ日本から来た学生がチケを安く入手する方法を教えてくれて、6,000~7,000円程度でゲットし、開始直前に入場することが出来た。あれだけミラノの街で我が物顔で騒いでいたマンUサポも巨大なサンシーロでは片隅に押し込められ、ミランティフォージが圧倒的なホームの空気を作り出していたのが印象深い。試合はクレスポのゴールでミランの勝利。

※ドゥオモ前のマンチェスター・Uサポーター

2006/12/17 クラブW杯決勝 インテルナシオナル×バルセロナ(横浜国際)
 (おそらく)最もチケ代が高かった試合。普段のマリノス戦は年チケだし、Jや代表戦でも2,000~4,000円程度に収まっている訳だがさすがにこの試合は高かった。はっきりとは覚えてないがメインスタンドなのでおそらく10,000~12,000円程度したのではないかと思う。やはりFIFAが絡んで試合のグレードが上がるとチケ代は一気に高騰する。普段年チケで平均2,000円を越えない程度で観ているスタジアムでその5倍以上の価格で観るのも馬鹿らしくなってくるが(しかもトラック付で決して観やすいとは言えない)、さすがにバルセロナは観たかった。結果はインテルナシオナルに敗北(苦笑)

2015/5/23 J1前期第13節 松本×横浜M(アルウィン
 ベスト遠征試合。これまで友人達とマリノス戦で日本各地に旅することも多々あったが、旅程や試合内容、天候等を総合的に評価してこれを上回る試合は無い。早朝に新幹線で長野に行って善光寺に詣でた後に電車で松本に向かい、松本城を巡った後でスタジアムという旅程、超満員のスタジアム、開始前にアウェイゴール裏の背景にそびえる南アルプスの夕景、と全てが素晴らしかった。試合も3-0で快勝し、19時開始の試合にもかかわらず友人車で(日付は越えたが)夜中に帰れたというのも含めて。

スタジアムでこれほど美しい光景にお目に掛かったことはない。

 その他色々な思い出があるがこの辺りで。今の観戦ペースなら1000試合到達は6年後かな。

J1第9節 横浜M×鹿島(日産)


 平成最後という言葉もこの数ヶ月間で使い古された感もあるが、この試合が自分にとって平成最後の観戦試合となる。思えば丁度1年前のこの日も鹿島戦だった。天野のFKなどで3-0の快勝だった試合。
 前売りで34,000枚も売れてたので開門に並んだが、13時開始なので列整理が9:45と早く、いつもと変わらない時間に起きてスタジアムに向かうのも久々だった。天気も良く、並びの列からは写真の様に富士山がよく見えた。この時期は新緑が目に映える。

 今日の試合はお互い降格経験の無いチーム同士ということで東ゲート広場に特設ブースが設けられていたりもしたが、両チームの対戦成績、タイトル獲得実績を見れば鹿島がマリノスを上回っている。それはやはりこのプロ化以降の約30年における継続性―――監督、選手が変わっても受け継がれるもの―――の有無が違いを作ったのだろう。
 ただ今日の両チームスタメン22人の中で最も選手を輩出した高校/ユースはヴェルディだったのは興味深い。マリノスの畠中、和田、鹿島の安西、三竿の計4名。両チームとも近年ヴェルディから積極的に選手を獲っているという事情もあるが、この4名の中で3名が森保ジャパンに招集歴があるように、個人としてもJ2から引き抜かれるだけのレベルにある。その他現代表の小林、中島然りで、ヴェルディユースの92~96年生まれの世代は好選手が多い。殆どが小学生、中学生の頃から在籍していて、この世代がジュニアユースになったのは00年代半ば以降だが、当時の指導者が優れていたのかな。
 次に多かったのがマリノスと共に川崎のアカデミー出身者だったのも興味深かった(マリノスユース:喜田、天野、遠藤、川崎U18:三好、仲川、永木)。川崎の3人は世代が異なるが、それぞれの時代の川崎のアカデミー、あるいはクラブそのものを表していて面白い。永木(88年生まれ)は川崎がユース組織を整備した初期の選手で大学経由でプロになり、少しずつ実績を積んで30歳近くで代表に選ばれたいわば叩き上げ、仲川(92年生まれ)はユースから昇格は出来なかったが大学ではトッププレーヤーになってプロ入り、三好(97年生まれ)はユース時代から世代別代表で世界大会を経験しそのままトップに昇格というエリート、とフロンターレのユース組織が強化されていく様を体現している。永木は横浜、仲川、三好は川崎出身だが、フロンターレのユースが強化されるにつれて、マリノスユースのトップ昇格者に川崎、横浜北部出身者が減って、より南―――横須賀や藤沢、大和―――の出身者が増えつつあるというのもまた気になる点ではあるが。

 で、試合は安西のゴールで鹿島が先制。永木が右SBで安西は左だったのだが、中盤を追い越すフリーランの質で取ったゴールだった。全体的にはマリノスがボールを支配する展開だったのだが、要所を締める鹿島の強かさとでも言うか、危険なエリアには人数を掛けて守る、被カウンター時には全力で戻る、といった基本事項を徹底するのはこのチームらしかった。前半の中頃だったか、丁度名古屋戦の同点ゴール時に似たマリノスの中央からのカウンターがあったのだが、自陣ゴール前に複数人戻ってシュートに持ち込ませなかった守備などはまさにその典型。マリノスとしては水曜の湘南戦同様にボールを支配しても最後の仕上げの質で違いを作れてなかったかな。
 後半も同じ展開が続き、ほぼマリノスがボールを支配していたのだが、ゴールは生まれず。そんな中で生まれた同点ゴールは中盤で鹿島のパスをカットしてからのパス2本、そして逆転ゴールは中盤からの縦パス1本で決めたもの。ボールを支配するチームでも、決まる時はこうしたシンプルな形が多いな。たまにポゼッション型チームの「パス○本繋いで決まったゴール」動画が出回ったりもするが、それは珍しいから話題になるのであって、割合としては今日のようなパターンが多いように思う。
 鹿島はベンチにレアンドロセルジーニョら攻撃の手札を持っていて実際投入してきたがマリノスは最後までゴールを割らせず2-1逆転勝ち。振り返れば鹿島はCBコンビ犬飼&町田が他のポジションに比べて相対的にウィークポイントになっていた感もあった。植田、昌子が立て続けに欧州に行ったが、CBの様な経験がより重要なポジションではそう簡単に後釜も見付からないし、ブエノも負傷という状況では今後もこうした1つのミス、1つの失点に泣く試合があるのではと思う。

 ハーフタイムには友人の誕生祝いをして、帰りは新横で串カツ屋に行こうと思ったら定休日だったので隣の牛角で軽く祝勝会をして帰宅。牛角は学生の頃はよく行ったが10年以上行ってなかった。それこそ2010年代で初めて行ったと思う(笑)

ルヴァン杯GL 横浜M×湘南(三ツ沢)


 今日は行く予定は無かったが、思ったより早く仕事を上がれたのと、西から来る雨雲が試合中は横浜まで届かなそうだったので三ツ沢へ。まぁそれでも横浜駅に着いた時点で開始の19時半を回っており、タクシーで向かった。

駅ビルも一部覆いが取れてその姿が分かるようになってきた。ただこの工事が始まってから西口のタクシー乗り場が1台づつしか客を乗せられないようになって待ち時間が長くなったのには閉口する。以前は車列が4列くらいあって並んでいても次々に乗車出来たのだが。結局三ツ沢に着いたのは前半30分頃。ホーム側はまず空いてないのでバクスタアウェイ寄りに向かったのだが、裏で建設中の病院の建設も進んでいて、球技場との間にあった高い仕切り柵も一部低いものに置き換えられて様子が分かるようになっていた。

かつては古河電工の社宅があって試合日には手摺りにチームフラッグが掲げられた映像が中継に映り込んだりしたものだが、この病院ではどうだろうか。

 開始に間に合わない時は大抵着く前に点が入っているのだが、今日はまだ0-0で、着いてから10分程後に遠藤がエリア内で倒されてPK。大津のキックはGKに止められたが弾いた球がまた大津の前に転がってこれを押し込んだ。
 ハーフタイムに改めてスタメンを見たが、やはりもうこれ以上ルヴァン杯で勝点を落とせないので、先週末のリーグ戦でスタメンだった飯倉、畠中、三好、天野を入れてきた。湘南も杉岡、齊藤、鈴木、梅崎とリーグ戦で一定の出番を得ている選手が4名で、お互いのターンオーバー度合いはほぼ同じといったところ。
 後半はマリノスが押し気味で、GKからの繋ぎでも自陣でボールを奪ってからのショートカウンターでも湘南ゴールに迫っていたのだが、ある時点から全く点が入る気がしなくなった。湘南がシュートに身体を当てたり上手く守っていたのもあるが、とにかく最後のクロスなりシュートの精度が低く、攻め込んだ回数の割にGK富居を脅かしたシーンは少なかった。あれだけ相手陣内で前を向いてボールを持ちながら最後の最後でトーンダウンしてしまう。監督も相手ゴールエリアまでのサッカーは教えられてもそこから先はもう個々のセンスなり技術の世界だよなぁ。ここにマリノスとマン・Cの違いというか、一見試合を支配しているように見えてゴール数や勝点が伸びない理由があるようにも。
 シティにはデブルイネ、ザネ、スターリング、アグエロといった相手ゴール近くで違いを作れるタレントがいて、そのタレントと組織の高度な融合があのサッカーな訳だが、言い換えればこのサッカーを実現するには個々の選手に相当高いスペックが求められる。これは攻撃陣だけでなく守備も同じ。繋ぎを苦にせず、裏を取られるリスクを軽減出来る速さを持つチアゴや畠中がいてこそ最終ラインを高く保てる。今日ドゥシャンが退場したのも、高く上げた最終ラインの裏を抜け出されて後ろから倒したことに因る(最初黄紙が提示され、その後赤に変わったのでその事情を知りたいところだが、このプレー自体は一発レッドでもおかしくは無かった。)。怪我人が多いという事情はあるが、今後も1点勝負のシビアな試合が続くことになるのではないかな。大分や湘南の様によく鍛えられたチーム、名古屋、川崎といった個々の力でマリノスを上回り、組織力も一定水準以上あるチームに苦戦するのを見ても。ルヴァン杯に限って言えばA組は混戦なので残り2試合でGL首位も4位も有り得ると思うが。
 今日は両チームとも目を引いた選手はいなかったが、ティーラトンが攻撃参加を自重気味だったのはやはりここ最近の出来(フリーダムに上がりすぎて裏を取られ失点直結)を踏まえたものかな。ある試合でミスをしてもその後の試合で改善した姿を観ると嬉しいものだ。逆に何度も同じミスを繰り返す選手に対してはその将来性に疑問も湧いてくるのだが。湘南も個人で目立つ選手はいなかったがチーム全体でサボらず走り続けるのはさすがだった。自陣でボールを奪い攻撃に転じる瞬間、ボールホルダー近くの選手が全速力で前に駆け上がるシーンはこのチームならでは。

 試合はこのまま1-0でマリノスが逃げ切ってルヴァン初勝利。後半30分過ぎから霧雨が降ってきてAT突入直後にスタジアムを出てバスに乗車。最寄駅に着いたら普通に降っていたが、どうにか試合中は持って何より。

J1第7節 横浜M×名古屋(日産)


 土曜のナイトゲームということで日中は日射しで暑いくらいだったが日が暮れると風もあってさすがに寒かった。マリノスは前節4バック移行でチームが固まってない浦和に快勝したが、それ以外では開幕当初の躍動感が失われて勝ちきれない試合が続き、名古屋も上位ではあるがリーグではアウェイで瓦斯や鹿島に負けたりとあまり安定感があるとは言えない状況。そんな中で始まった試合だが開始5分で遠藤がエリア内で名古屋の選手の足を掛けてしまい、これをジョーが決めて名古屋が先制した。
 今日の名古屋で意外だったのは前線から積極的にプレスを掛けてマリノスのボール回しの起点を潰そうとしていたこと。特に最終ラインの畠中、その1列前の喜田に対するチェックは厳しく、何度も直接ボールを奪ったり縦パスをカットして攻撃に繋げていた。風間サッカーではあまりこういうことはしてこない印象があった。たださすがにこれが90分持つとは思えず、名古屋としては動ける内に追加点を取って有利に運びたかったとは思うが、前半20分にマリノスが同点。畠中がチェックを搔い潜って中盤の三好にパスを通し、そこから仲川→マルコスという流れ。畠中も今後は今日のようにマークは厳しくなって簡単にフィード出来ない状況が増えるとは思うが、この同点ゴールのようにそれを乗り越えるプレーを出してまた1ランク高みに達して行くのだろうな。その後はお互い攻め合い、やや名古屋が押しているかなと言う展開だったが、前半途中に名古屋GKランゲラク接触プレーで負傷退場して武田に代わった。武田は87年世代の一人で、この世代は他に林(FC東京)、秋元(湘南)、桐畑(柏)などがいて皆U18~20の代表を経験しており、30を越えた今もプロということは実力があることの証ではあるのだが、どうも代表やクラブ正GKにあと一歩届かないというイメージがある。

 後半は徐々にマリノスが押し返し、何度か惜しいチャンスはあったが決めきれず。武田はセービングに関しては安定感があったものの飛び出しのタイミングは不安定だった。ただそれで逆に名古屋DF陣が発憤したのかGK任せにせず自分でクリアしたりボールを前に運ぶプレーが増えて締まった感はあったな。またさすがに前半ほど前からボールを追えなくなったものの、後半から入った相馬を中心にサイドから切り込んで好機も作っていた。相馬のプレーを観るのは初めてだったが、小柄ながら縦への推進力とキレのあるドリブルは若い頃の齋藤学、あるいはスペインのヘスス・ナバスを彷彿とさせた。そのドリブルで何度かCKも取ったし、少なくともジョーカーとしてベンチに置いておきたい選手ではあるなと。サイドのドリブラーという点ではマリノスの遠藤に求められているのはこういったプレーだと思う。周囲との連携や守備面での貢献も重要だが、そのポジション(左ウイング)に第一に求められるプレーは何か?敵陣サイド深くでボールを持った後、近くの味方にパスをはたくだけのサイドアタッカーは相手にとって脅威か?ということ。

 内容的には3-3、4-2、2-4とかでもおかしくない展開だったが、名古屋は守備陣が身体を張り、マリノスも朴が好セーブを連発してゴールを許さず1-1で終了。リーグ戦は7戦で1敗のみとは言え、ホームでは2節に仙台に勝った後、川崎、鳥栖、名古屋と3連続引き分けというのは気になる。川崎戦は最後に追い付いて勝点1を得た試合、鳥栖戦は逆に勝つべき試合で勝点2を落とした試合、今日は勝点3or0どっちに転んでもおかしくなかった試合とそれぞれ異なるが、内容がゴール数に結び付かないもどかしさ、失点する時はあっさり取られる淡泊さは感じる。次のホーム鹿島戦は果たして。

 帰りは友人車で家の近くまで送って貰った。感謝。



 

花見

 今年は開花のタイミングが良く、また風雨に曝されて散ることも無かったので先週に続いて今週末もまだ見頃。金Jのお陰で?土日の予定が空いたので、土曜は地元近辺の名所を散策し、今日はお初の千鳥ヶ淵に行くことにした。正直、桜をのんびり愛でるなら近隣住民+αが集うだけの地元に限るが、千鳥ヶ淵は一度見ておきたいなと。
 何となく九段下辺りかなという程度でここの正確な場所は知らなかったのだが、半蔵門方面から向かうと大勢の人で賑わっていてすぐにそれと分かった。

 去年の目黒川もそうだったが外国人も多い。日本在住の人もいるだろうが、東京の桜の名所は観光名所として国際的にも知れ渡っているのだろう。欧米、東アジア、東南アジアと地域も多様だった。5~600mほど歩くと靖国神社が見えてきたのだがここも桜の名所だったので参拝。

 靖国神社が近いことはすっかり頭から抜けており、御朱印帳を持って行かなかったのは痛恨。また次の機会だな・・。
 既に夕方だったのでこのまま市ヶ谷に抜けて南北線に乗って帰ろうと思ったのだが、市ヶ谷駅近辺で軽く飯を食った後、そう言えば18時から千鳥ヶ淵はライトアップされるのを思い出して戻る事にした。行くと昼とはまた違う見事な景色が。

行きとは逆に半蔵門方面に向かって歩いていたのだが、緑道の終わり頃には堀の向こうに東京駅のビル群を望むことが出来た。個人的にはこうした自然や古典建築と高層ビルなどの現代建築が並ぶ構図が好き。皇居周辺はまさにそうした風景の宝庫でもあるが。

 確かに人は多かったが、出店がなく、また皇居という土地柄も影響してか去年の目黒川ほどの騒々しさは無かったように思う。半蔵門線に乗って帰宅。

J1第6節 浦和×横浜M(埼スタ)


 2週連続の金曜開催で今日は埼スタ。ここも先週に続いて、となるが。思えば平日の埼スタと言うと代表戦ぐらいでJで行ったことは無かったはず。(その後記憶を辿り、07年のACL決勝に行ったことはあった。)去年の日立台もそうだったが、水曜なら二の足を踏む距離でも金曜なら・・という気にさせられる。午後に外出の予定を入れたので18時には浦和美園に着き、すぐシャトルバスに乗れて信号待ちも殆ど無かったのであっという間にスタジアムに到着。バスは北門近くの広場に停まるのだが、↑の写真の通り、桜並木があって丁度満開だった。黄昏時の桜というのも昼間や夜桜と違う風情がある。

 両チームスタメンはマリノスは前節と同じ、浦和も左SBが宇賀神→山中になった以外は同じ。そして開始6分でマリノスが先制したのだが、マリノスの右サイドでの縦パスが浦和の選手の足に当たり、丁度浦和のゴール前、GKとCB間の絶妙な位置にこぼれてファーサイドのマルコスが詰めた、というもの。マリノスとしてはラッキーだったがこれで浦和が少しバランスを崩したのか、サイドの裏が空くようになってその後も何度か決定機を作り出した。浦和は西川が好セーブを連発して何とか1失点に食い止めているという展開。前節同様4バックを消化し切れてないようで、攻撃はマリノスの最終ラインの裏を狙う単純な形が多かった。チャンスと言えばCKからマウリシオのヘッドがバーを叩いたのと、浦和から見て右サイドの裏にボールが通ってグラウンダーの折り返しを興梠が合わせたシーンくらいか。
 後半も同じ流れだったのだが、後半15分頃にマリノスが何度もシュートチャンスを迎えて西川はよく防いでいたのだが、DF陣がクリアし切れず最後はマルコスが決めて2-0。これで事実上勝負は決まった。その後は浦和が更に前掛かりになってバランスを崩し、マリノスがそこを突いて決定機という場面が繰り返された。10分後には右サイドからのクロスに対し、左サイドからフリーで走り込んだ広瀬に浦和の選手は誰も対応出来ず、そのまま冷静にゴールに流し込んで3-0。広瀬はJ1初ゴールだが、浦和ユース出身でもあるのでこれも何かの縁か。あまり喜びを表現しなかったのは古巣への配慮なのだろうな。浦和の杉本もセレッソ戦でPKを決めて同じ様な態度を取っていたが、日本でも段々そういった考えが浸透してきたように思う。そう言えば試合前に映像装置で過去のこのカードでの浦和のゴール集が流れていたのだが、最初に登場したのが父である広瀬治のミドルだった(笑)

 ほぼ勝負は決まったのでAT突入した頃(21:25頃)にスタジアムを出て北越谷駅のバスに乗ったらすぐ出発し、21:45には北越谷駅着。そこで軽く祝杯を上げ、相互乗り入れの長い路線に乗って帰宅。そうそう今日の観客数は32,555人だった。先週の日産スタジアムでの試合は20,688人。アウェイサポ数の違いを差し引いても平日で3万を越える浦和の動員力はさすが。

J1第5節 浦和×FC東京(埼スタ)


 今日は地元の桜でも見に行こうかと思っていたのだが、まだ3分~5分咲きらしく来週末でも間に合いそうだったので予定を変更。前日一緒に観た友人が埼スタに行くとのことだったので便乗することにした。このカードは古くは04年ナビスコ杯決勝だったり味スタでの試合は何度か行ったことがあるが、埼スタでは初めて。カップ戦を含む公式戦の対戦成績は浦和が圧倒しているが、04年のナビスコ杯まではむしろ東京が大きく勝ち越していた(東京の6勝2分2敗)。それがあの東京が初タイトルを獲った試合以降、対浦和2勝8分24敗。将来の対戦成績と引き換えに得たナビスコ杯、なのか笑?

 試合はスタンドの両サポの熱こそ高かったが、塩分高めな内容。浦和がボールを支配するもののしっかり人数を掛けて守る東京を崩すまでには至らず。今日の浦和は4バックだったが、両SBの攻撃参加など3バック時のスピード感はあまり無かった。左の宇賀神よりも守備的な右の森脇の方が積極的に攻め上がっていたのは面白かったが。森脇と言えばボールを持つ度に瓦斯サポからブーイングを食らっていて何故なのか分からなかったが、以前平山へのタックルで骨折させたかららしい。東京もたまにカウンターで浦和陣内に攻め込むことはあったが、西川を脅かすようなシーンはあまり無かった。
 後半は開始から柏木→マルティノスの交代。ちなみに今日の浦和ベンチには他に山中、汰木(マリノスユースから山形でプロ入り後、今季浦和に移籍)と元マリノスが多かった。マルティノスは去年よりかは多少フィットしていたが、マリノス時代と変わらず諸刃の剣というか波の激しいプレーだったな。長い足の大きなスライドのドリブルなので相手が間合いを掴めてない内は上手く突破出来るが、一旦タイミングを掴まれると簡単にボールを失うことも多く、またクロスの精度もあまり高くない。東京の先制点もこの選手が上げたクロスを跳ね返されてそのこぼれを拾われたシーンから始まった。このゴールはアシスト東、得点者はディエゴ・オリベイラだが、その前に浦和の選手に囲まれながら完璧なタイミングでパスを出した久保のセンスで決まったようなものだった。
 既に後半30分で浦和もあまり攻撃が機能していなかったのでこれはついに東京の16年振り埼スタ勝利あるかと思った。終盤には山中が入り、左足のFKがバーを直撃するシーンもあったがこれも東京にツキが味方しているなと。だがAT4分もそろそろ過ぎるという頃に山中がグラウンダーでクロスを上げ、中央に走り込んだ森脇が合わせて浦和が追い付いた。そのまま試合は終わったから、まさにラストプレーでの同点弾。

 帰りがけにマッチデープログラムを購入。浦和のMDPはしっかりした作りで読ませる記事が多く、埼スタに行く時は買ってしまう。マリノスは数年前にMDPを止めてフリーペーパースタイルで無料配布という形になったが、コストに見合うだけのメリットを見出せなかったから、だとしたら残念なことだ。もう20年以上前だが初めてマリノスの試合を観に行った時のMDPはまだ取ってある。上野良治の表紙&インタビューだった。
 そんなこんなでスタジアムを出るのが遅れ、浦和美園に着いた時は駅の外まで列が出来ていたので、東川口まで歩くことにした。思えば初めて埼スタに行った時は東川口から歩いたのだがそれ以来か。ほぼ線路に沿った一本道なのでその点は楽だったが駅間が長く、計ったら2.8kmあった。電車内では寝落ち。